そしてそれからの日々は概ね何事もなく過ぎ、中忍試験が始まり、それに乗じての木の葉崩し、そして暁たるうちはイタチと干柿鬼鮫の襲来、五代目の襲名、サスケの里抜け、ナルトの修行の旅、いろんなことが立て続けにあり、その話しはうやむやの中に忘れ去られていった。

 

そして一年後、カカシは久々に大怪我をして里に帰ってきた。チャクラも切れて動けやしない。木の葉崩し以降の激務にさすがのカカシも疲れが溜まっていたのだろう。病院での療養もできたのだが、自宅での療養を希望した。チャクラ切れと言ってもまったく動けないわけでもない。まあ、多少なりとも不便ではあるが、薬などは今は綱手の弟子となっているサクラが届けてくれるらしい。
自宅のベッドでカカシはぼんやりと窓の外を見た。今年もまた誕生日が来る、三代目亡き今、カカシの誕生日を知る者はいない。いや、五代目である火影は知る権利もあろうが今は里の復旧のため、いちいち忍びの誕生日を把握している場合ではないだろうし、必要のないことだろう。元々忍びの誕生日など普通は記憶しなくても良い所なのだが、どうして三代目がカカシの誕生日を知っていたかと言うと。幼少時、父、サクモがカカシを残して自害し果てた後、カカシが家で1人暮らしをしていたことがあってのことなのだ。幼少時代の数年間、なにやら甘すぎるお菓子やら子供じみたおもちゃなどを誕生日に三代目からもらった記憶がある。そういった特殊なことがあってのことだから、火影が全員の誕生日を知っているわけではないのだ。
カカシは特にその時は寂しいとか思わなかったんだけどなあ、とその頃を回想した。
むしろ、うみのがいなくなってからの方がずっと孤独を感じる。今はもうその沈鬱な気分も慣れてきてはいるが。
トントン、とドアをノックする音がしてカカシはどうぞ、と声をかけた。
入ってきたのは思っていたとおり、桜色の髪をした元部下だった。

「ようサクラ、わざわざ悪いねえ。」

「なに年寄り臭いこと言ってるんですか。薬、持ってきました。あと、怪我の調子はどうです?薄皮一枚張るくらいまでの治療はしたと綱手様はおっしゃってましたけど、あんまり激しく動くと傷口が開きますから安静にしてて下さいよ。」

「元部下にそこまで言われちゃあ俺も形無しだねえ。でもチャクラ切れであんまり力も入らないんだから激しく動けるはずもないでしょうに。」

「それもそうですね、あ、そうだ。それから、私明日からシズネさんに付いてちょっと火の国まで行かなくちゃならないんです。薬は2日分あるんですけど賞味期限があるので3日以降の分は私の代理の方が持ってきて下さることになってるんで、ちゃんとお礼言っておいて下さいよ。」

「ありゃ、それは悪いことしたねえ。」

「ほんとですよ、ベッドの数には余裕があったって言うのに入院拒否なんかするからですよ。」

サクラはそう言って仕方のない人ですね、と困ったように笑った。

それからしばらく2人で世間話をしていたが、サクラはそろそろ明日の準備をしなくちゃならないから、と腰を上げた。

「じゃ、私行きますね。カカシ先生、お大事に。」

サクラは小さく笑ってそのまま出て行ってしまった。
その後ろ姿を見送ってカカシはほっと息を吐いた。
よかった、ちゃんと笑えるようになったんだな。一時はサスケがいなくなってがむしゃらに修行して少々その身を案じていたが、もう大丈夫のようだ。綱手はそんなサクラの様子をわざわざ見せるためによこしたのかもしれないな。自分も確かに働きすぎた。里もだいぶん復興してきたことだし、少し休んでも大丈夫なのかもしれない。

 

そして2日後、代理の人がやってくると言う日になった。部屋の中なら松葉杖がなくとも歩き回れるほどに回復したカカシは代理人が誰なのかを聞くのを忘れていたことに気が付いた。まあ、サクラが頼んだ代理人ならば大して警戒しなくてもいいのだろうが。
と、カカシはコーヒーメーカーから少々煮詰まったコーヒーをカップに注いだ。
その時、コンコン、とノックの音がした。

「はい、どうぞ。」

と言ってからカカシははっと身構えた。

ドアを開けて入ってきたのはイルカだった。
まさか彼が来ようとは、確かにサクラと縁があるし火影補佐としての書類整理やら受付やらで綱手の覚えも良い方なのだろう。

「こんにちはカカシ先生。サクラから薬を届けて欲しいと頼まれまして。お加減はいかかです?チャクラの回復は順調ですか?」

やや引きつった笑いを浮かべながらイルカはそれでもカカシを気遣う言葉をかけてくる。なんとも健気なことだとカカシはにこりと笑い返した。

「大分よくなりました。しかしながらイルカ先生、お見舞いにいらして下さるのは嬉しいんですが土産の一つもないのは人として礼節を欠いてますよ。サクラでさえ花を持ってきてくれたのに。俺はそれが少々悲しいです。」

嘘ではない、数日前に薬を持ってきてもらった時に花を一輪だけもらった。
言われたイルカはう、と言葉に詰まったようだ。確かに何か持ってきた方が良かったのかもしれないと己を戒めているのだろう。実は特に土産などいらなかったのだがついついまた憎まれ口を叩いてしまったカカシだった。

「あの、実は2日後にまた薬を持ってくる予定なんです。その時に何かお持ちしますよ。カカシ先生は何か好きですか?」

なんとかテンションを上げていこうと思ったのだろう、イルカに言われてカカシはうーん、と悩んだ。特に思いつかない。ふと、カレンダーに目がいった。ああ、丁度良い、あれにしてもらおう。

「ではイルカ先生、ケーキを作って来て下さい。生クリームのかかったやつね。ちゃんとフルーツも飾ってあるやつですよ。」

「カカシ先生って甘いもの大丈夫でしたっけ?」

大の大人の男が生クリームの乗っかったケーキを所望するのは確かに不可思議であろうと思う。

「ははは、人の趣味にケチを付けるなんていい度胸ですねイルカ先生。」

イルカははうっと呻いた。

「あ、ちなみに俺は市販のケーキは嫌いです。手作りでお願いしますね。」

「ちょっと、なんで手作りなんてしなけりゃならないんですか。俺だって忙しい合間に来てんですよ、そんな暇があるわけないじゃないですか。材料費だって馬鹿にならないのに。」

「そうですか、俺は土産は何が良いかと聞かれて素直に答えただけなんで、どう受け取られてもかまいませんよ。」

にっこりと笑ってやればイルカはううう、と呻いた。そしてわかりましたっ、とやや声を大にしてカカシに向かって叫ぶように言った。

「作りますよ、作ればいいんでしょう、ケーキをっ、じゃあ俺はこれで失礼しますからお大事にっ!」

イルカはそう言ってさっさとカカシの家から去ってしまった。その背中に少々申し訳なく思ったカカシだったが、純粋に2日後が楽しみだと思った。なにせ2日後はカカシの誕生日なのだから。

 

 

イルカはぷりぷりしながら歩いていた。実はこれからまだ少しだけ受付業務が待っている。本当に忙しいのだ。その忙しい合間を縫ってカカシの家に薬を届けて行ってこれだ。サクラのお願いでなければ断っていた所だ。
中忍試験のいざこざはともかく、それ以前からの理解の範疇を越えた言動に度々苦しめられてきたイルカは、カカシとは極力関わらないようにしようと思っていたと言うのにこれだ。しかも何故ケーキ?分からない、まったく持って分からない。

「あら、イルカじゃない、久しぶりね。」

受付のある建物の方向から紅が歩いてきてた。任務後なのだろう、少し服がほこりっぽいが気になるほどではない。さすが女性と言うべきか。
木の葉崩し以降、なかなかその姿さえ見かけることが少なかったイルカは、紅に労いの言葉をかけた。

「紅先生、お久しぶりです。そしてお疲れ様でした。」

「奇遇ねえ、これから帰り?」

「いえ、これからもう少しだけ受付業務が残ってるんです。紅先生は任務後なんですよね。」

「ええ、明日は休みだから今日は一杯引っかけていくわ。存分にお酒を飲むのは久しぶりよ。イルカも仕事が終わったら付き合う?」

「残念ですが俺は明日も仕事なんです。また誘ってやってください。」

「あら、残念。でもいつ以来かしらね、1人で飲むのは。ああ、カカシと飲んだ後で1人で飲み直してた時以来だわ。」

その言葉にイルカは少しばかり反応した。先ほど別れたばかりの人だ、反応しても仕方ないだろう。

「あら、気になる?」

紅がにこりと妖艶な笑みを浮かべた。

「いえ、その、以前ちょっといさかいがあったもので。」

「ああ、中忍試験の時のこと?」

実際はそれ以前のことなのだが、気まずいのでイルカは否定しなかった。

「そっか、イルカは小さいこと気にするのねえ。将来はげるわよ?」

と紅はけたけたと笑った。本来はこうやって明るく笑う人なんだろうなあ、とイルカはなんとはなしに思った。

「仕方ないわね、ここだけの話し、その時のこと話してあげるわ。」

いや、特にいいですとも言いづらい状況で、いたずらっぽく笑ってイルカの腕をぐいぐいと引っ張る紅に抵抗することは憚られた。

紅は近くの公園までイルカを引っ張ってきた。そしてベンチに座らせると自分もその横に座った。

「まあ、と言っても大した情報は聞き出せなかったんだけどね。カカシには好きな人がいるらしいわ。ずっと片思いしてるみたい。相手は木の葉の里にいて普通に生活してるみたいだけど、カカシの所に戻ってくるのを待ってるんですって。何かそういう約束をしたそうよ。カカシは今でもその約束をずっと守って待ってるみたいね。そんな面倒そうな人なんかほっぽって別の人にすればって言ったけど、否定されちゃったわよ。死ぬまで来なくてもいいなんてかっこつけちゃって、あれは相当固執していると見たわね。あ、そう言えば初恋の人らしくて、三代目も知ってたみたいよ。三代目がご存命の時に無理にでも聞き出してやれば良かったわ。」

紅はふふっと笑った。イルカは小さく微笑んだ。

「ありがとうございます。少し、カカシ先生のこと、分かったような気がします。」

実際は恋愛にしてもやはり少し変わっていると思った程度だったが、それでも人間らしい感情の波があったのだなと認識し直したのは大きな一歩かもしれないと自分でイルカは思った。

「悪い奴じゃないから、また話しかけてやって。あれでなかなか優しい所もあるのよ。」

紅の言葉にイルカは曖昧に頷いた。知っている、彼は自分以外には優しい。

なんで自分にだけあんな態度を取るのか甚だ疑問な程だ。

「じゃあそろそろ行くわね。カカシに会ったらよろしく言っておいて頂戴。なかなか上忍同士って忙しくて最近会えないから。」

紅は苦笑して立ち上がった。そして飲み屋の集まっている居酒屋の界隈へと向かって歩いていった。その背を見送りながらイルカは決意したのだ。ここまで来たからにはもうやるしかない。ケーキだろうが茶碗蒸しだろうがどんと来いだ。